悲しみの中で、私がふと考えたこと。

キャバリア

みなさん、こんにちは。 今日は、ずっと心の中にあった、ある「想い」を少しだけ綴ってみたいと思います。

愛犬や愛猫とのお別れは、何度経験しても、想像するだけで胸が締め付けられるほど苦しいものです。 もし万が一のことがあったとき、
「あの時ああしていれば」
「どうして先生は気づいてくれなかったの?」
と、誰かを責めたくなる気持ち……
それは、それだけその子を愛していた証拠だと思うんです。

でも、最近あるきっかけがあって、「怒りの矛先」について深く考えるようになりました。

ルビー・ブラックタン・ブレンハイム

先生も、私たちと同じように傷ついているのかもしれない

私たち飼い主にとって、獣医さんは「命を救ってくれるヒーロー」のような存在ですよね。だからこそ、期待してしまうし、思い通りにいかないと不信感を持ってしまうこともあります。

けれど、先生も私たちと同じ、感情を持った一人の人間なんですよね。 言葉の話せない動物たちを相手に、限られた情報の中でベストを尽くし、それでも救えなかった時。 きっと先生も、診察室の奥で、私たちと同じように、あるいはそれ以上に、悔しくて眠れない夜を過ごしているのかもしれない……。

そう想像したとき、一方的に「医療ミスだ」と責めることは、私にはできないなと感じたんです。

「正しさ」よりも「納得」を選びたい

もちろん、治療に疑問を持つことが悪いわけではありません。
ただ、怒りに任せてぶつかるのではなく、「わからないことを、一緒に解決していくパートナー」として先生と向き合えたら、もっと違う景色が見えるのかな、と思うようになりました。

  • 「不安なので、もう一度説明してもらえますか?」
  • 「この子のために、今できる最善は何でしょうか?」

そうやって歩み寄ることで生まれる「信頼関係」こそが、もしもの時に、自分自身の心を救ってくれる気がするんです。

最後に残るのは「愛」であってほしいから

悲しいとき、誰かのせいにしたくなるのは、自分を責めないための心の防衛本能かもしれません。 でも、怒りでいっぱいになってしまうと、あの子との「楽しかった思い出」が少しずつ色あせてしまうような気がして……。

私は、最後は「先生、一緒に頑張ってくれてありがとう」と伝えて、あの子に「最後まで愛し抜いたよ」と胸を張って報告したい。 そう思うようになりました。

医療は万能ではないけれど、そこには必ず「救いたい」と願う人の手があります。 その手を取り合って、あの子たちの幸せな一生を支えていけたらいいですよね。

でも、一言。
「薬のミスは犯さないでほしい」・・・以上です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました