「老後のことが心配でたまらない」
そんな風に感じ始めたのは、まだ10代の頃でした。
世間では「若いうちは遊べ」なんて言われることもありますが、私は少し違いました。
学生時代は勉強ばかりの日々。
ふと社会人になりましたら、趣味も無く、やりたい事も見つからず、遊びも楽しいと思えず、ただ仕事だけの毎日。
あまりに真面目に考えすぎて、タイミングも悪く色々重なり、精神状態が悪い期間が3年間ありました。
しかし、とある事故で歩けなくなるかもしれないと全治半年の経験を経て、「いつか健康が損なわれて体が動かなくなる日が来るのなら、動けるうちにすべてをやり遂げよう」。
そう決めて、私の長い長い「準備」が始まったのです。
「今」という資産を使い切る
「老後はこう暮らしたい」という明確な目標があったからこそ、今日まで走り抜けることができました。
正確にはモヤっとこうだったらいいな、というのがあり、経験を経て確実な答えになりました。
夫とこういう話になると、「ほんとう・・・アリとキリギリスでいう所のアリだね」なんて苦笑いされます(#^^#)
- キャリアと経験: 仕事はとにかくバリバリと、納得がいくまで打ち込みました。それと同時に、体力が資本となるスポーツの趣味や、世界を広げてくれる海外旅行にもたくさん出かけました。
- 命との向き合い方: 「いつかペットを」ではなく、動物の寿命を逆算して「今ならこの子の最期まで責任を持って一緒にいられる」というタイミングで、愛おしい家族をお迎えしました。
すべては、いつか来る「その時」に、過去を振り返って寂しくならないためです。
私は「冬」を知っているアリだった
多くの人が「今」だけを見て楽しむ10代の頃、私はすでにやってくる「冬(老後)」を想像していました。 「いつか動けなくなる」「いつか時間が足りなくなる」 その不安を原動力に、私はアリのようにせっせと準備を始めました。
- バリバリ働くこと(冬に備える貯蓄と基盤)
- スポーツや海外旅行(体が動く季節にしかできない収穫)
- 愛する動物との生活(命の時間を逆算した決断)
「今」を犠牲にしないための計画性
普通のアリは、冬のために夏の間ずっと我慢して働きます。 でも、私は欲張りでした。「冬の安心も欲しいけれど、夏の思い出も全部欲しい」。
だからこそ、人一倍必死に働き、人一倍アクティブに遊びました。
「老後への心配」「事故の経験」があったからこそ、一分一秒を無駄にせず、若さという特権を使い切ることができたのだと思います。
答え合わせの季節
そして今、私は確信しています。 あの時の心配性は、未来の自分への優しさだったのだと。
準備を終えたアリとして迎えるこれからの時間は、もう何かに追い立てられることはありません。 大好きなペットと、これまでの経験という宝物に囲まれて、私は私なりの「最高の冬」を過ごしています。
「心配性だったからこそ、誰よりも今を誠実に生きられた」
もし、今の自分を褒めてあげるとしたら、そんな言葉を贈りたいと思います。
「心配」を「確信」に変える生き方
かつて抱いていた「老後への不安」は、いつの間にか消えていました。 それは単に時間が過ぎたからではなく、**「あの時、やりたいことを後回しにしなかった」**という自負があるからです。
若い頃の自分が、今の自分のために一生懸命種をまき、育ててくれた。
そのおかげで今、私は「自分の選択は間違っていなかった」と、穏やかな気持ちで確信しています。
おわりに
心配性であることは、決して弱さではありません。
それは、自分の人生を誰よりも真剣に見つめているという、誠実さの裏返しなのだと思います。
未来の自分を笑顔にできるのは、今の自分の行動だけ。
これからも、この愛しい日常を大切に積み重ねていきたいです。
ちなみに、只今、51歳。
今までは解りませんでしたが、老眼で字が見えにくくなったり、疲れやすかったり、体力の衰えを感じています。
スポーツ三昧の夫からも言われますがもう少し体力づくりを考えたほうがいいかもしれません。




コメント